高橋正樹 | Masaki Takahashi
2025-02-12
目次
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今回は、前回に引き続きAIをテーマとし、生産システムへ導入する際の課題や事例について述べる。

生産システムへAI活用する課題と導入事例

我が国の社会課題から考える

内閣府 「令和4年版高齢社会白書」

我が国の社会課題の視点から、必要とされる機械やAIについて考えてみたい。我が国は、超高齢化社会と言われて久しい。統計データによると、15~64歳の人口を示す「生産年齢人口」は減少を続けている。労働力不足と国内需要減少により、経済規模が縮小しており、社会課題・経済的課題の深刻化している。

 一方で、15歳以上の就業者と完全失業者を合わせた人口を示す「労働力人口」は減少しているわけではない。労働力人口は、2023 年平均値 6925 万人であり、前年と比べて 23 万人増加している。この原因は、女性や高齢者の労働参加が進んでいることによる。

 これらのことから、経済規模の縮小や労働力不足などの社会課題解決のためには、機械化・AI活用によって労働生産性と高めること、特に女性・高齢者の労働参加を促すことが有効である。

参考文献

※1 内閣府 「令和4年版高齢社会白書」

※2 総務省 情報通信白書刊行から50年~ICTとデジタル経済の変遷

※3 第一生命経済研レポート 

生産現場を自動化できない理由

 ここからは、製造業の生産現場における機械化、さらにAIを用いた機械化について考えてみたい。

 長い年月を経て設備投資によって自動化を進めてきた現在においても、機械化が進まず、人の作業に依存した製造業の現場は多数ある。この理由は、人の能力が機械と比較して優位であるためである。すなわち、機械≒生産システムの投資対効果や柔軟性等の観点を考慮すると、機械化よりも人の作業に頼ったほうがメリットが大きいと判断されるためである。

 しかしながら先に述べたように、現状は、日本国内の「生産年齢人口」が減少し、近い将来には「労働力人口」も減少する。したがって今日、機械化、特にAIを用いた労働力の代替・生産性工場の必要性・緊急性が高まっている。

生産システムの観点で人と機械を比較

 人の作業が、機械と比較して優位となる点を下記に挙げる。

・認知能力: 五感(聴覚・視覚・触覚・味覚・嗅覚)

・判断能力: 状況判断・意思決定

・繊細作業能力: 複雑・繊細作業、柔軟性

・倫理観・協調性: 他者への配慮

 一方で、人の作業が、機械と比較して劣位となる点を下記に挙げる。

・個人の能力に依存し、体調や時間などによってバラツキが存在する。

・ミスが発生することを前提に、システム構築が求められる。

・作業スピードのバラツキや高速化の限界がある。

・コツや経験といった言語化が困難な技能や技術の継承が必要で人材育成に時間を要する。

などの問題点が挙げられる。

AI技術を用いて人と機械を融合し、生産システムが進化を続けている。

導入時の課題と事例

ここからは、生産システムを ①加工 ②検査 ③搬送 の観点で3つに分類し、それぞれの課題とAIを導入した事例を紹介する。

① 加工の観点

旋盤加工の熟練工の作業を例に挙げる。

加工前、熟練工は図面を読みとった後、加工対象(ワーク)のチャッキング方法・回転速度・切削刃の種類・接触角・送り速度など加工条件が決定する。

加工中、熟練工は切削油の匂い・切削音・送りハンドルに伝わる振動・切粉の量や色・工場の温度や湿度を感じ取り、ワークの回転速度・切削場の送り速度、潤滑剤の塗布条件を調整する。

加工後、熟練工は、加工ワークの形状や表面粗さを確認し、追加工・仕上げ加工を行う。

感覚や暗黙知に基づいて、熟練工は旋盤加工機を操る。しかしながら、先に述べた労働力不足の中でも、これら高度な技能や技術の担い手が不足している。これらの加工工程の自動化が課題である。

 この工程にAIを用いた工作機械を適用した事例がある。

・振動センサを工具に装着し、加工中のビビり振動を検出する。その振動波形の傾向から最適な加工条件を特定する。

・工作機械の内部を撮影し、切粉・切り屑が堆積する状況を認識。クーラントノズルを堆積した位置に移動させてクーラントを噴射して、効率的に切屑を除去する。

参考文献

はじめの工作機械 ”AIが切り開く工作機械の新たな可能性とは?工作機械のAI活用例”

② 検査の観点

 食品・飲み物・香料などの検査で、味覚や嗅覚を使った官能検査を事例に挙げる。官能検査とは、人間の感覚を用いて品質特性を評価し、判定基準と照らして判定する検査」である。味覚は五味(甘味、酸味、塩味、苦味、旨味)に加えて、風味・香り・豊かさ・コクなど複合的に評価される。人間が感じる旨さ・苦さは、臭いを嗅いだり、飲んで味わったりして判断する。

 加工の観点と同様に、検査の観点においても、これらの作業の担い手は少ない。特に、人間の味覚や嗅覚をセンサーで置き換えること、さらに複合的に評価できる作業の自動化が課題である。

 AIを用いた機械の事例としては、日本酒の唎酒師(ききざけし:日本酒のソムリエ)の官能評価モデルがある。波長の異なる光線を検査体へ照射し、その反射光の強度プロファイルと感応評価結果を学習することで、評価モデルを作成する。これらにより、日本酒の官能評価の自動化が図られている。

 味覚や嗅覚による検査のほかにも、聴覚・視覚・触覚に依存した工程をAIにより自動化している事例がある。

 ・液晶ディスプレーの欠陥を目視検査していた工程に、AI搭載の認識カメラの検査機に置き換え。

 ・自動車のエンジンのノッキング(異常燃焼)音や車輪のハブボルトゆるみ検査の工程、音や振動波形を取り込んでAIで判定する事例が増えてきている。

参考文献

株式会社野村事務所 AI型食品官能評価機器 

AISSY株式会社 味覚センサー 

ダイハツ自動車工業 プレス記事 

機械工学便覧 β5編 計測工学 β5-142 日本機械学会

エレクトロニクス実装学会誌 Vol. 25 No. 1 (2022) AI による官能検査の自動化と導入の動向

③ 搬送の観点

 生産システムの中で最後に、搬送の観点を述べる。一般的に、搬送工程は付加価値を生まないため、生産システム構築する際には、無くす・減らすことが鉄則である。例えば、前後工程の距離を物理的に短縮することは、「間締め」と呼ば、レイアウトを検討する。

 しかしながら、使用できるエリアの広さや設備の大きさ等の制約により、やむを得ず搬送工程が生まれる。工程ごとに単座設備として設置し(「離れ小島」と言われる)、搬送工程が長くなることも少なくない。さらに、製品の搬送エリアが人の通行エリアと共用されていたり、搬送エリア上に荷物が置かれたりすることもある。また、人や荷物の位置が動き、環境が変化することもある。このような環境の下で人は、何を・どのタイミングで・どの程度の量を・どの経路で運搬するか、状況を都度判断して作業している。

 したがって、単にモノを運搬する物理的な単純作業に加え、状況を適宜判断する作業を自動化することが、搬送工程での課題となる。

 AIを用いた機械の事例としては、自律走行ロボットがある。

SLAM技術により自己位置を推定し、ロボット自身が最適な経路を生成して走行することができる。

搬送経路上に、人や荷物などの障害物があれば、停止や迂回して走行できる。前後工程の生産設備、エレベータや自動扉などの設備と連携すれば、人による作業を省くことができる。必要なときに、必要な量を自動的に搬送できるシステムを構築できる。近年では、機械学習の技術をSLAM・経路設定・群制御技術・協調制御技術等に適用した事例が増えている。

 なお、自己位置推定や経路設計については下記記事も参考にされたい。

 ”SLAM”の話 

 搬送工程を在庫バッファ機能として捉える視点もある。搬送能力を恣意的に変動させることにより、生産システム全体の稼働率を安定させることができる。たとえば、後工程の稼働率が低下し、前工程のスループットが後工程を超えたケースを考える。この場合、搬送工程のスループット(搬送速度)を意図的に低下させることによってラインバランスを取り、前工程のスループット低下や生産ライン全体の停止(ドカテイ)を時間的に遅らせることも可能である。

AI導入時のリスクと懸念事項

 AI導入は万能薬ではなく、すべての課題を解決してくれるわけではない。導入時のリスクや懸念事項を挙げ、留意すべき点を述べる。

・データの量と質が不十分な場合は、モデルの精度が低いために、AIは正しく判断ができない。そのためデータ数を増やし、精度を高めるコストが必要となる。製品設計や工程変更などの条件が変わっても、以前のデータ蓄積が活きるように持続可能性・汎用性をもたせたモデル構築と入力データが必要である。これらのトータルコストを含めて、AI投資の効果が見込めるのか、判断する必要がある。

・AIが判断した結果に関する根拠と論理が分かりづらい。AIの判断結果が人にとって合理的でない場合、学習データの量や質が不足しているのか? モデルやアルゴリズム自体にバグなど欠陥があるのか? 単に人が理解できていないだけで、実は合理的な判断であったのか? 検証することが困難である。短期的にはAという選択肢も、長期的にはBという選択肢がベターという状態もありうる。

・情報セキュリティの観点から、情報漏洩やマルウェアによる攻撃のリスクに備える必要がある。特に、生産システム自体が、社外のインターネットと接続している場合は特に要注意であり、ファイアウォールを構築する、バックアップデータをこまめにとるなどの対策が必要である。さらに倫理的な観点では、学習データや判断結果が、プライバシーや権利侵害になっていないか留意が必要である。

Keiganが提供できるシステム

 Keiganは、ユーザーのニーズに対応できるカスタム性の高いAMR KeiganALIを提供している。AMRのオプションと組み合わせて、搬送システムを構築する事例も増えてきている。今後もAIを用いた要素技術の進化や、誰もが使い勝手の良いロボットシステムを創出していきたい。

 KeiganALI 製品HP

この記事を書いた人


約20年間、電機メーカーで生産システムの開発、新規事業・新工場の立ち上げに従事。
先進的なロボット開発と伝統的なモノづくりを融合し、新たなムーブメントを起こすべく、2022年からKeiganで活動。
ロボットシステムの導入や営業活動を主に担当。自身の専門分野の幅を広げ深掘りしながら、技術ブログを執筆中。

高橋正樹 | Masaki Takahashi